第五回「ドイツ人と劇場(2)」

劇場アラカルト第三回では、ドイツにおいてオペラが日常生活にいかに溶け込んでいるかを現地で暮らす日本人の目を通してお伝えしましたが、今回は日本での生活経験を持つドイツ人の目からお伝えします。


17世紀のイタリアで成立した音楽劇――オペラは音楽史におけるバロック初期に演劇から発生した、傑出した音楽ジャンルです。オペラは時代を超えて発展を続け、今日にいたるまで、世界的な芸術形式であり続けていますが、それに備わった地域的な特性のため、特にドイツ、オーストリアで大いに好まれています。400年にわたりこの芸術が、絶え間なく人々を魅了し続ける大きな理由として、オペラのもつ「複雑さ」があるのではないでしょうか。つまり、建築(舞台装置)、絵画(背景等)、音楽劇に生命を与える文学(リブレット)、音楽、舞踊というような多くの要素が相互に作用することで、上演の度に新しい芸術が生み出される他に類を見ない総合芸術であるということです。

この複雑さを実現する――上演のために必要となる資金は莫大なもので、有名なプロダクションのほとんどは大都市で公演を行っています。また、歌劇場はあちこちでその街の威信を反映しているとも言えるでしょう。世界遺産となったオーストラリアのシドニーのオペラハウスだけでなく、ドイツ語圏でもオーストリアのウィーン国立歌劇場、ドイツではドレスデンのザクセン州立歌劇場といった歌劇場が、それぞれに州や都市、国の威信を示し、その建築物自体が無類のものとして美術館のように街のシンボルとして、多くの観光客を惹きつけています。これらの「芸術の殿堂」でG.ヴェルディの『椿姫』、W.A.モーツァルトの『魔笛』、R.ワーグナーの『トリスタンとイゾルテ』といったオペラの名作を味わうことは、間違いなく「生涯に1度は体験する」に値するものではないでしょうか。

この10年、オペラはミュージカルとの競争が激しくなっています。オペラとは親戚同士のミュージカルというこの音楽ジャンルは、いかにも現代風の音楽とわかりやすい内容で、多くの若者から支持を得るようになっています。反対に、分かりにくい、ドラマティックなあまり理性では捉えきれないストーリーや、古い言葉で綴られたリブレット、そして歌手の技巧的でいかにもオペラっぽい特徴のある歌い方...これらは誰もがすぐに「美しい」とか「聴き馴染みがある」「感動的」と感じられるものではなく、時として若者をオペラから怯ませてしまうことにもなり得ます。実際ここ10年ほどの観客の平均年齢は40歳に上昇していますが、一方、観客の個々の好みが強く反映されるようにもなっています。他方、オペラを純粋な「教育のための演劇」だとする矛盾をはらんだ意見に対しては、時代に即した新しい演出と作品で対抗する動きもあります。また、教育活動として子どもたちが気軽に日常とは異なった音楽ジャンルに親しむことができるよう、子どもたちがクラス単位で招待されることもあります。

この「オペラ」という芸術は、その内容が観客にとってためらいなく簡単に理解できるものではなく、そのストーリーが常に説得力のあるものとも限りません。しかしだからこそ、そこには並外れた魅力が隠されているのです。公演の間、観客は日常から離れ、未知の世界と出会います。それは人々にくつろぎだけではなく、実世界への問いかけや新しい着想への可能性を与えてくれます。そしてオペラ『魔笛』の"夜の女王のアリア"のような感動的なアリアが、オーケストラや独特な雰囲気の舞台美術と相互に作用し合うことで、心の奥底に秘められた感情や苦悩の叫びが立ち現れてきます。人々はオペラをただの娯楽として楽しむばかりではなく、日常生活の束縛から解き放たれるという貴重な瞬間を体験することができるのです。

マンハイム大学所属(元東京ドイツ文化センター研修生)
Isabella TEPSIC(訳:東屋敷 尚子)