日生劇場 │ NISSAY THEATRE 東京・日比谷

 
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日生劇場について

日生劇場の建築

日生劇場は、日本生命保険相互会社が創業70周年を迎えたのを記念して建設した日本生命日比谷ビル内にあります。1959年(昭和34年)7月7日に着工、1963年(昭和38年)9月16日 に竣工し、10月20日ベルリンドイツオペラ「フィデリオ」にて開場いたしました。

開場の翌年1964年(昭和39年)10月に鞄本生命会館(現:公益財団法人ニッセ イ文化振興財団)で発行した冊子の中で、設計について村野藤吾氏が綴っています。 この度、 MURANO design のご了解を得て、『自由主義的な建築』と題 した村野藤吾氏の文章をご紹介することにいたしました。

『自由主義的な建築』村野藤吾

この建物は我国最大の生命保険会社、日本生命を東京において代表する建築である。建物の規模は、地下5階地上8階建て建築面積3,549.13平方メートル、 建築延総面積は約42,878.78平方メートルである。8階の一部に国際会議 場及びその附属室を配置した他は、概ね建物は平面的にも立体的にも二分されて、 一方が会社の事務用部分、他方が劇場部分になっている。このように全く機能を異 にする要素が、一つの建物に二分して存在することは、構造的にも建築的な芸術の点からいっても、統一と調和を与えることは、実はそう簡単な問題ではない。
建物の半分に空洞のようなものが出来、他の半分が重層となっているだけでも構造的にはかなりな問題であるばかりか、一方が純然たるビジネスを表現し、他方が華やかな劇場の表現を持たなければならぬ。従ってこの建物に出入りする人間の表情も、服装も、気分も全く異なった表現となる。このように一見矛盾した要素を、内容的にも外容的にもどう調和させるかが非常に問題である。建物の内部において人間がどのように動き、またどのように建物を使用しているかは一応問題にしなくても、外観の処理はつくかも知れないが地面と接する部分、即ち人が路面からこの建物に接近したり出入りしたり、また、外部から鑑賞する場合は、いやおうなしに1階部分の取り扱いについて、この相反する二つの機能がぶつかり合うので、これをどう処理して表現するかということになる。もし二つの要素が各々自分の領分を主張したとしたら収拾のつかぬ結果となる。そこで最後の案として採用されたことは、 客席を上にあげて1階部分を開放するということに帰着したのである。いうまでもなく建物を商業的な採算一方の考えでいくなら、例外なしにこの部分の価値は、他の階に数倍するであろうことは、市街地建築を商業的に見た場合の通念である。このように非常なバリュウを有する部分を開放するということは、もとより一建築家の設計でなし得ることではない。 注1 弘世社長の建物に対する愛情と理解によって決断されたということを、特に明記しておきたいと思う。

これによって全く異なった二つの機能が1階の開放で、ともかく一挙に解決したといってもよいと思う。最近における市街地建築物の傾向として、地用の一部が社会化されるといわれている。例えばニューヨークのシーグラムビルやチェズマンハッ タンビルのように、建物の前面または周囲に、プラザ即ち広場を残し、或いは1階 にピロティを造って、土地と建物との連なり方について考慮を払うといくことであ る。このように貴重な地用の価値を社会的に開放するとして、しからばこれだけの地用の価値は一体どれ位かということについては、まだ不明のようである。現在のところ我国では、これだけ多くの部分を解放して、これを一般の用に提供するとい うことは前例に乏しく、結果は都市景観としても、また都市計画的にいっても好ま しい状態となったことは、なんだか生命保険会社という特別な使命を持っている会社の理想のようなものが志向されているように思う。そこで1階はただ社会というものだけを対照にして、二つの機能が単純に硝子のスクリーンでしきられているば かりである。この建物の設計に当たって、会社からは商業主義的な要求は何一つ与えられなかった。ただ天下の大保険会社として、建物にはいくらか記念的な性格のようなものが望まれた。記念的性格というのは、あまりに商業的な表現を避けて永久性のある表現の意味である。時代の建築的変遷とその影響をあまり敏感に受けないような建物のことである。この要望に沿うような表現とするために、最も相応し い建築材料を先ず選定しなければならぬが、今日のところ花崗岩以外に良質の材料は見当たらないので、建物の外装としてはこの材料を用いることにした。材料が決定すれば、自然その建築的手法も方向づけられるのである。

私は建築に必要以上の硝子面を避けることにした。それは劇場に窓を必要としな い部分が多いためばかりでなく、硝子面の過度の効果を殊更に必要としないという 関係からも、必要以上の硝子の使用は無益であったので、窓の硝子は後退し、その他にバルコニーを取り建物に一種の風格を与えたのである。その結果、壁面が強調され、材料のもつ性質と相俟って重厚な表現となったのである。

花崗岩といわず、一般に石はその表面の加工の具合によって、いろいろその姿を変えるものである。そこでこの建物に使用されている石の表面処理には、建物の性格、表面等を考慮して、目立たない手法を加えたのである。普通にビシャン仕上げ といっても、それにはいろいろの段階がある。どの程度の荒目にするかということ は、これだけの大きな壁面に対しては、たやすく決定しかねる。表面を荒く仕上げるということは、壁面にかすかな陰をただよわせることである。石という硬い材料 を、やわらかく感触させるということは、建物全体としての表現には、死活の問題である。そこで、私はいろいろの実物見本を作って決定したのである。この建物の 外観はちょっと見れば様式的なところがある。これは石材の持つ特殊な表現からもくるかと思う。しかし、細部の手法はもちろん、壁面、窓、大庇などからくる全体のヴォリュームは、ただ人間の感触を対照に考えているだけで、あくまでも自由的な芸術手法によったものである。

劇場を単一の目的に設計すること、例えば、コンサートホールとか、演劇専門に設計するとか、ともかく一定の目的にふさわしいように設計することは、劇場建築という建築的には困難な設計でも、いくらかやりやすいのであるが、わが国では多くの場合多目的に使用されるようである。これは、劇場経営の点からやむおえないところもあると思うが、建築的には、殊に音響的には非常に困難で、成功する場合は少ないようである。そこでこの劇場の設計に当たっては、まず使用目的をはっきり してもらうことにした。オペラおよび演劇(歌舞伎を除く)に使用するというので あったが実はオペラと演劇ということだけで既に非常な建築的な性格の相違である。 音響の点は石井聖光先生の指導によったもので、はじめ、音の拡散だけを考えて客席の天井も壁も曲面の多いものにし、これをそのまま建築的な表現にしたいと考えたのである。

そこで30分の1の模型を作って、実際に音響実験をしながら曲面を訂正していったのである。壁の材料は、特製のガラスモザイクを使用し、天井は硬質の石膏に着色して、アコヤ貝を張ったのである。ガラスモザイクは以前にも劇場に使用した経験がある。しかし天井に硬質石膏とアコヤ貝を張ったのは、この劇場がはじめてである。昨年ベルリン・オペラが最初にこの劇場を使用したとき、音響的に成功しているということを聞いて安心したような次第である。 注2 客席は1,358、最 高の天井高さが約14m、1人当りの空間容積は6立方mに近いものとなっている。 プロセニアムの幅は19.6m、高さは9.6mであり、舞台の巾は広いところで 43m、奥行は16.5m、舞台床よりスノコまでの高さは15.6mである。プロセニアムの巾は19.6mで、大体この位が普通であると思うが、欲をいえば高さを9.6mよりもっと高くして、オペラ劇場としての気分を出すべきではなかっ たかと思うが、建物の構造上許されないので、この程度にしたのである。舞台の巾、 奥行、スノコまでの高さ等も決して充分とはいえないが、これも構造上やむを得ない。しかし舞台におけるいろいろの不満は、舞台機構を強化することによって補っていると思う。劇場内外の気分は大体白と赤を基調とした。劇場内部は天井に薄いコバルト、壁面には金とコバルトを配色した。はじめ客席をアジサイの花のイメージでまとめたいと思ったが、大体においてその気分は出せたと思う。殊に杉山画伯の 注3 緞帳のデザインは、非常に効果的であったと思う。ホワイエの壁は真白のベルジウム産大理石のテッセラを張り、天井は小さな穴あきの石膏板を張り、その裏に電灯やエアーコンディション関係の器具を納めることにした。壁の曲面と天井との 接ぎ際などの納め方、その手法の苦心などは当時の関係者たちの語り草となってい る。ホワイエの天井と壁の真白な部分と、床のやわらかい赤い色とのコントラストは、最初からのイメージであるが、欲をいえばいま少し天井の高さがほしいと思う。

注1 弘世社長=当時日本生命社長
注2 客席=現在1,330席
注3 緞帳='98年新規更新
 
 
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